炎上した「あいちトリエンナーレ」が開けた“パンドラの箱“。私たちに託された宿題は何だったのか。

良くも悪くも「いま」という時代を浮き彫りにした「あいちトリエンナーレ2019〜情の時代〜」。10月14日に75日間の会期に幕を閉じてから、季節が変わろうとしている。

期間中、最も多くの話題をさらったのは、9日間しか開催されなかった「表現の不自由展・その後」だった。

中止を経て10月8日に再開されてからは、抽選券を求める人々が長蛇の列を作り、倍率は10倍以上にのぼった。

多くの人々が目にすることすら叶わなかった一つの企画展をめぐってたくさんの分断が鮮明になり、その後も文化庁による補助金不交付や、芸術祭での特定の映画の上映中止といった事態が続いている。2019年のあいトレは、日本の表現や言論の自由をめぐる一つの分水嶺となったといっても過言ではない。

一方、こうした分断を埋めようとする新しい試みも生まれた。私自身、河村たかし名古屋市長など「表現の不自由展」に抗議する人にも話を聞いた。考え方は異なっても、まず聞くこと、話すことにした。

あいトリが過去のものとなりつつある今も、日々あちこちで分断は生まれ、怒りや嘲りが飛び交っている。

「あいちトリエンナーレ2019」が遺したものとは何だったのか。振り返ってみたい。

パフォーミングアーツ「ロミオ」のポスター

スパイ作戦に着想を得た「ロミオ」はアートか、ナンパか。それを誰が決めるのか。

個人的に、あいトリで非常に印象的だった作品がある。会場全体を舞台にしていた不思議なパフォーミングアーツ、スペインの作家ドラ・ガルシア氏の「ロミオ」。

オーディションで選ばれた、スタイリッシュな男性9人が、会場を歩きまわって来場者に話しかける。

冷戦時代の東ドイツで伝説のスパイとして知られるマルクス・ヴォルフが考案した作戦「The Romeos」がモチーフとなっている。東ドイツの男性スパイが西ドイツの行政機関で働く女性に近づき、機密情報を引き出そうというもので、作戦終了後、そのまま結婚したり友情が継続したりしたカップルもいたという。

「ロミオ」の意図を説明する会場内のポスターには、こう書いてある。

彼らの使命は、親しみやすく、何気ない振る舞いでトリエンナーレの来場者ひとりひとりを魅了すること。彼らの行動は完璧に礼儀正しく丁寧だが、相手の同意があれば、よりいっそう親密に接してこようとする。例えば、より長い会話、ジョーク、告白、褒め言葉などで。会話はそこで終わるかもしれないし、新たな約束や友情につながるかもしれない。もしかしたら、恋にも。

ロミオたちに課せられたルールは、たった3つ。

 

①1人で行動すること。

②来場者に対し、礼儀正しく接すること。

③そして、自分が「ロミオ」だと決して明かさないこと。

 

それ以外は、どんな風に話しかけるか、どう行動するか、すべてそれぞれのロミオ次第だ。

「ロミオ」の2人

話しかけられた相手が「ロミオ」の意図を知っているのか、知らないのか。これはアートなのか、ナンパなのかーー。2人の間に生まれる会話や空気は、曖昧で不確定になる。人間関係とは何か、を問う作品なのだという。

あるロミオは言う。

「すごく話が合う女性がいました。ずーっと一緒に展示を回って、いろんな話をして、最後に『では』と別れた。すごく印象に残る体験でした。彼女は僕がロミオだと分かっていたのだろうか」

 

不自由展中止で“隠された”ロミオの葛藤

ところで、作者のドラ・ガルシア氏も、表現の不自由展の一時中止に抗議した1人だ。9人のロミオが映るポスターの真ん中に「表現の自由を守る」と題した連名のステートメントを掲出。そのため、数人のロミオの「顔」が隠れてしまった。

 このポスターは、ある意味「ネタばらし」の役割を担っていた。ポスターを見れば、話しかけてきた相手が「ロミオ」のプロジェクトの一員だと、それとなく分かるからだ。

 「不自由展が中止されている間は、僕がロミオだと示すものは何もなく、自分から『僕はロミオです』と明かすこともできない。外から見たら、僕の行動はただのナンパなんじゃないかと…。だから、今は本当にスッキリとした気分なんです」

隠された彼は、アートだったのだろうか。何が、アートをアートたらしめるのだろう。

「表現の不自由展」の中止に対する抗議声明が貼られたポスター

60分の笑顔が、「笑顔」でなくなった

曖昧さ、不確定な揺らぎを感じた作品は、他にもたくさんあった。たとえば、アンナ・ヴィット氏の「60分間の笑顔」という映像作品。

スーツなどに身を包んだ男女が、笑顔を浮かべてこちらを見つめているーー。

正直なところ、第一印象はそれだけだった。

大きなスクリーンに映し出された男女が少しずつ身じろぎしているので、それが写真ではなく映像だと気づく。ふと、笑顔が歪んでいる男性に気づいた。

少し興味を惹かれ、キャプションを読むと、こうあった。

彼らは同じ姿勢、同じ笑顔のまま、60分間私たちのほうを見つめています。(中略)彼らは微笑み続けていますが、本当に幸せだと思いますか?

改めて作品に目を向けると、もう彼らの表情を「笑顔」だとは思えなかった。

アンナ・ヴィット『60分間の笑顔』(映像作品)の一部

本音を言えば、私はこの作品が苦手だった。

ほとんど変化がない映像をずっと見ているのは苦痛だったし、気づくと思考があちこちに飛んでいた。男女の微妙な表情の揺らぎと私自身の感情の揺らぎが共鳴するようなしないような、なんだか不安な気分になった。

でも周りを見ると、会場に設置された椅子に座ってこの作品をずっと眺めている人がいた。「何を考えながら鑑賞しているんだろうか」と、作品よりもそちらが気になったりもした。

同じ作品を見ても、感じ方は人それぞれ。そんな曖昧さ、思考の余白も、アートを楽しむ醍醐味の一つなのではないだろうか。

 

アートとはなにか。ある現代アーティストが語ったこと

振り返って、「表現の不自由展」をめぐる騒動には、あまりにも“余白”がなかった。

8月3日に「表現の不自由展」の中止が決まった後、ある現代アーティストは大きなショックを受けた様子で、私にこう語ってくれた。

「芸術が観客に与えるものは『問い』なんです。私は芸術には対話を促す力があると信じていました。人間は、安全に、どんな事象でも話し合える、考えることができる知性と理性がある。それをアートは促せるはずだと… 

アートが促すものが対話や思考であるとすれば、「表現の不自由展」に対する最初の反応はその対極にあるものだった

「日本人への侮辱だ」「これはアートではない」と脅迫も含めた抗議電話が殺到し、対応した職員を追い詰めた。SNSでは不自由展の展示内容に対する考え方が異なるもの同士が互いを非難する言葉が飛び交った。

多様な受け止め方を認め合う「余白」は一切ないように感じられた。

「表現の不自由展」再開に抗議して座り込みのパフォーマンスを行った河村たかし名古屋市長

「芸術といえば、ゲルニカ」と語った河村たかし市長

一連の抗議の旗振り役となったのは、あいトリの実行委員会の会長代理でもある河村たかし名古屋市長だった。

ハフポストのインタビューに対し、河村市長はアートについて「色々な意見があってもいい」「みんながみんな『OK』と言わなくてもいい」といったんは話したが、不自由展に展示された作品については「一般的にいう芸術ではない」と全否定した。

中でも、「昭和天皇を燃やした」との批判が殺到した大浦信行氏の作品については、語気を強めた。

大浦氏自らが「映像の中で焼かれているのは写真でなく、自分(大浦氏)の版画作品そのもの」「天皇を批判するために燃やすなどという幼稚なものは芸術の表現ではない」として、天皇を侮辱する目的で制作していないことを強調しているが、河村市長は「そんなん通じません」「普通の人が見て、どう思うかだ」と切り捨てた。

そこには、曖昧で不確定であることを許容するアートの寛容さも、作品が投げかける「問い」との対話が入り込む余地もなかった。

さらには、「一般的にいう芸術とは、どういうものだとお考えですか?」という質問に、河村市長は「そりゃ、ああいう政治的なメッセージがあるものなら、ピカソの『ゲルニカ』とか、ああいうやつですわ」と答えた。

スペイン北部ゲルニカで、ピカソの「ゲルニカ」の壁画を眺める人々(2017年)

 

パブロ・ピカソの「ゲルニカ」はスペイン内戦でのゲルニカ無差別爆撃をモチーフにした1937年の作品だ。反戦芸術として名高いピカソの代表作だが、ピカソ自身は当時のスペインのフランコ政権に批判的で、ある意味「一定の政治的な立場」から描かれている。発表当時は「プロパガンダ」との批判もあり、芸術的見地からの評価も分かれた。

見る人や場所、時代によって見られ方が変わるのは、アートの常だ。

「見方」に正解はなく、作品評に批判や嫌悪があってもいい。河村市長が挙げた「ゲルニカ」自体がそのことを示しているのではないだろうか。

 

保守派の男性との出会い

一方で、あいトリでは「対話」が生む希望のようなものも、私は見た気がする。

例えば、「ReFreedom_Aichi」の存在や、大村秀章・愛知県知事の呼びかけによって草案が作られた「あいち宣言(プロトコル)」。そして、毎日のように閉ざされた「表現の不自由展」の扉の前に立っていた男性。

男性は、愛知を拠点に活動する保守団体のメンバーだ。「表現の不自由展」に抗議し、“扉”が毎日閉じていることを確認するためにトリエンナーレに通ううち、展示再開を求めて活動するアーティストたちとも言葉を交わすようになったという。

男性は、10月5日と6日にトリエンナーレの一環として行われた、表現の自由を考えるシンポジウムにも参加していた。完全にアウェイな状況で1人、不自由展の作品に対して「日本人の心を踏みにじっている」と意見する動画は、SNSで話題にもなった。

私たちも、この男性に「話がしたい」と声をかけた。でも、「ハフポスト」だと名乗ると、「読んでるよ」と苦い表情を浮かべ、「あんたたちは海外メディアで朝日新聞の系列でしょう?私はボコボコにされるんかね?」と苦笑した。

何度か言葉を交わすうち、取材を受けたくない、というよりは、警戒しているのだと感じた。でも、私も彼に話しかける時には、いきなり怒鳴られはしないかと身構えていたのだった。そんな共通点が少しおかしかった。

「表現の不自由展」再開前に、中の様子をのぞく男性

「表現の不自由展が」再開された10月8日の午前中、男性は紺色のスーツの左腕に日の丸の腕章をまき、胸には日の丸のピンバッジをつけた姿で会場にいた。

すっかり慣れ親しんだスタッフや警備員からは、「いらしてたんですね」「動画見ましたよ」と親しげに声をかけられることも。展示再開に賛成している来場者と言葉を交わす場面もあった。

「人気者なんですね」と声をかけると、男性は「困っちゃうのは、色々話すうちに、だんだん心情移入しちゃうことだね。(自分は)根がいい人なもんで」と笑っていた。

ReFreedom_Aichiのメンバーたちに、男性が与えた影響も少なくない。例えばアーティスト自らが抗議の電凸を受ける「Jアートコールセンター」は、男性との関わりが発案のきっかけになったという。

午後に行われた河村市長の座り込みと街宣活動で、マイクを握って声高に演説する姿と、カジュアルな雑談に応じる姿は、まるで別人のように見えた。

私自身はこの男性を「話せば分かる人」だと感じたが、男性が所属する保守団体が行ってきたとされるヘイトスピーチ自体は許してはいけないと思う。

それでも、この男性を通して感じたのは、人間の複雑さだった。

 

私の中に生まれたゆらぎ。これを起点に何ができるのか。

私自身は河村市長の主張には否定的な立場だ。それでも、数々の抗議の熱源の一つが「自分は事前に何も知らされていなかった」という手続き上の問題にあるという点は、市長であると同時にあいトレ実行委員会の会長代行でもあった彼の立場を考えれば、納得できる部分もあった。

別の保守団体の男性は、大村知事が河村市長について「ナチス」の例えを用いたこと、そして検証委が自分たちの抗議電話(実際には組織立った電凸だったと思われる)を「ソフトテロ」と表現したことへの怒りを訴えていた。

「正義」と信じたものが否定されることへの憤りが、行動の原動力となっているのだろう。

だが、そんな彼らも、街宣活動でトリエンナーレを「ヘイト」、大村知事を「テロリスト」と批判し、叫んでいた。大村知事を揶揄するような、聞くに耐えない中傷ヤジも飛んだ。いっそ、醜悪だった。

雑踏のイメージ

「あいちトリエンナーレ2019」が遺したものとは何だろう。分断と対話、絶望と希望。

パンドラの箱は開いたけれど、まだ底は見えていないような気もする。ただ、私自身を振り返れば、表現者の端くれとして、たくさんの迷いと不安、それから考え続けたいという意思は残ったように思う。

怒りや恨みによる衝動には、何かを壊したり動かしたりするパワーがある。SNSはそんなパワーを増幅させる中継機のようだ。ひょっとしたら、私たちメディアも…。

でも、怒りや恨みだけでなく、不確定な曖昧さが生み出す揺らぎや余白を通じてこそ、新しい価値を作り出すことができるのではないか。

揺らぎや余白をきちんと捕まえ、自分が見ている景色をもう一度見てみる。批判している相手の別の面も見てみる。

SNSもメディアも、そんな「溜め」を作る起点にもなり得るはずだし、そうありたい。

表現のこれから

ハフポスト日本版は「 #表現のこれから 」という特集を通じて、ニュース記事を始め、アート、広告、SNSなど「表現すること」の素晴らしさや難しさについて考えています。記事一覧はこちらです。

Source: ハフィントン・ポスト